サンタむちゅめ襲来っ(2)

作者:ゆんぞ
更新日:2003-10-15

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リストもほぼチェックで埋まり、あとはバスと電車を残すのみとなった。男の子にはもちろん、なぜか女の子にも人気のあるおもちゃであり、両方とも駅に行けば入手できると記されている。サンタ娘は駅とおぼしき建物が無いか周囲を見回す。今まで下の方ばかり見ていたので気づかなかったが、改めて見回すと 最も高い建物でさえ彼女の腰までしかないため街を一望できることがわかる。彼女の尺度で右手前二~三十メートルほどのところに高い建物が密集しており、恐らくそれが駅を含む街の中心なのだろう。

目標が解れば早い。道が広く閑散としていることもあって、サンタ娘は下を気にせず ずんずんと目標に向かって歩く。途中の道を陥没させ、乗り捨てられた車を何台も踏みつぶしてしまったが、それは程度の差こそあれ今に始まったことではない。

なるべく広い道を選んだので少し迂回したが、そのため乱立するビルの谷間にある高架の線路を早く見つけることが出来た。嬉しくてつい駆け寄ろうとする。しかし、三歩目で何かを踏み抜いたと思ったら その右足が彼女の意志に反して突然後ろに滑る。

重々しい地響きと激しい揺れがが周囲を襲う。舞い上がった埃がまだ漂うなかサンタ娘は上半身を起こして周囲を見回してみる。目の前の高架は無事のようだ。へたに手を前に出したりしなかったからだろう。後ろを振り返ると、さっき踏みつけたと思しき車が無惨な姿を晒している。

改めて高架を見てみると、線路がカタコトという音を立てている。電車が近いと思って左右を確認するが、ビルに隠れているため 右から電車が来ていることしか解らない。立ち上がって確認することも出来るが それよりこのまま待ち伏せする方が良いと判断し、サンタ娘は高架脇のビルの陰に身を隠して電車の到来を待つ。

カーブを抜けると制限速度解除の標識があるのを知っている運転手は、すぐ加速を最大限に引き上げる。巨人の出現区域から人を遠ざけるため、この地域に近づく電車は全駅通過という大胆なダイヤグラムで運行されている。普段からこの路線を運転してきた熟練の運転手にとって、曲がりくねったこの路線を高速かつ全駅通過で走るというのは痛快ながら非常に神経を磨り減らす作業だった。

すぐにまたカーブを迎え、彼はブレーキレバーを捻る。急制動で文句を言う乗客もいない。目標の駅まではカーブ二つを挟んで数百メートル。ここで駅まで減速するか、それともぎりぎり一杯まで加速するか……

運転手の余り意味のない悩みを吹き飛ばしたのは、前に広がっていた光景だった。運転手の左前方、席からそう離れていない位置に 妙に生々しい色の屋根らしきものが待ちかまえている。本能的に危機を察知した運転手は、反射的に加速レバーを力一杯捻っていた。

徐々に高まるモーター音をもどかしそうに聞きながら、運転手は正面を向いたまま視線だけを左に動かす。目に映ったのは巨人の掌と白いふわふわした袖口、そして赤い袖。やっと運転手はそれが巨人の掌であることを理解した。差し渡し十メートル位はあるだろうか、その大きさに比べて自分の乗る電車のなんと小さく遅いことか。十一両の電車が通過するのをあの巨人は指をくわえて見逃してくれるのだろうか……

その次の瞬間、運転手は突然前のめりの力を感じ 前面のガラスに額を強打する。目の前が真っ暗になり 一瞬だけ意識が飛ぶ。そして気がつくと前方には白い袋が暗い口を開けており、その口がかなりの速度をもって彼の方に迫っている。思わず顔を逸らす運転手の耳には今度は車輌の軋む重い音が入ってくる。後ろを振り向けば彼の乗る車輌の半ばを覆い隠す……肌色の……指?

サンタ娘は右手で先頭車両を摘んで徐々に速度を落とし、それから車輌を少し傾け 軽く脱線させたまま電車の推力を利用して慎重に左手の袋へと流し込む。十両以上の編成を持つ電車をこのように袋へ導くのは非常に神経を使う作業だが、どうにか架線を切ることなく袋へ収めることに成功した。彼女はほっと安堵の息を漏らす。練習では失敗も多かったが、これならなんとかなりそうだ……


これだけ大きな街だから直ぐに次の電車が来ると考えていたが、待っていてもなかなか次の電車が来ない。仕方がないのでサンタ娘はひとまず駅を目指すことにした。高架を跨ぎ越し、大通りを更に進む。そして二ブロックほど進んだ十字路を左折すると、駅前らしき看板の群れが広がっている。駅前広場の向こうからバスが走ってきており、どうやらロータリーに入ろうとしているようだ。サンタ娘は数歩で詰め寄ってしゃがみ バスを掴もうと手を伸ばすが、すんでのところでバスは急停止し、さらに後退する。
「あっ……あ~」
ちょっと面白くなさそうに口を尖らせるサンタ娘。しかし、必死でハンドルを操作している運転手や 彼女と目を合わせないよう身を縮めて震えている乗客、そして人で一杯になっている車内の様子を見てしまうと、このバスを無理に掴むのも悪いように思えてくる。彼女はひとまず身を起こし、
「どうぞ」
と言って 先にロータリーに入るよう手で合図を送る。

しかし、バス内の状況はサンタ娘が察した以上に逼迫していた。乗客で詰まった車内のあちこちから悲鳴と怒号があがるなか 運転手は必死でバスを動かそうとするが、ギアを入れてもアクセルをふかしても全く動く気配がない。さっきの急制動でクラッチがいかれたのだろうか。さらにアクセルを踏み込んでギアを繋ごうとするが、バスはどうしても動いてくれない。
「早く走れよ!」
「たすけて!」
「もう駄目だあ!」
そんな声が彼の後ろから突き刺さる。その中に混じっていた「ドア開けろぉ」という声に 運転手は反応してしまい、反射的に前後のドアを解放してしまう。すると乗客は一気に出口へとなだれ込んだ。
(ここで出しても大丈夫なのか?)
後悔しても遅い。サンタ娘に攻撃されないか不安に思った運転手が 手前に聳える赤い壁のずっと上を見やると、巨大サンタ娘が少し意外そうな表情を浮かべ 彼の居るバスを見ていた。目が合ったと感じ、運転手は慌てて体を引き視線をタコメータまで落とす。そして改めて正面に向き直り駅の方を見やると、不意にサンタ娘の顔が正面に落ちてくる。
「!」
運転手は反射的にのけぞり、後頭部を強く打ってしまった。残っている乗客からも短い悲鳴が上がり、降りることも出来ず身を縮めている。
「どうしたんですか?」
緊迫した車内とは裏腹に、サンタ娘の表情と問う声は穏やかだ。しかしそれで彼らの緊張がほぐれるわけでもない。運転手の頭の中では、これは自分に対する問いなのか、そしてどう答えればよいのかという無為な考えだけが空回りしている。外のサンタ娘にも、ハンドルを握ったまま目を見開いて何やら呟いている運転手の姿から 答えを返せる状況に無いことは朧気ながら解る。
(そこまで怖いなら逃げれば良いのに)
完全に混乱しているのだろうか、それとも逃げられない状況なのだろうか。そういえば、このバスからは高いエンジン音とともに 時々「ガガッ」という何かが噛み合うような音が響いていた。
「もしかして、動かないとか?」
視線を再び運転手に戻し 問う。運転手は必死でギアを操作し、どうにかバスを動かそうとしているようだった。そしてその動作に反して留まったままのバスが、彼女の推測が当たっていることを如実に示している。
「動かないバスなんて要らないのよねぇ、もぉ……」
不満そうに呟き、サンタ娘が上半身を引いて立ち上がると、残っていた乗客と運転手はその隙を利用してバスの出入口に殺到する。今になってバタバタと降りる乗客をサンタ娘は暫く上から見ていたが、上空からの視線に気づいた乗客が悲鳴を上げて散り散りに走っていくのを見て、あまり注視してやらないほうが彼らにとって良いように思えてきた。
(そっか、私が気を払わない振りをすれば、小人さんたちはちゃんと逃げてくれるんだ)
彼らの行動心理というやつを理解して、ちょっと得意げなサンタ娘。動かないバスは放置しても良いのだが、丁度無人でもあるので とりあえず確保することにした。


駅前広場にはバスが数台乗り捨てられていた。本当は出発しようにもサンタ娘の体に阻まれて出られないだけなのだが、当のサンタ娘はお構いなしに全部浚っていく。

その様子は駅のホームで電車を待つ人たちにも見えている。しゃがんで四肢をついている巨大なサンタ娘によって自分達が乗ってきたバスが軽々と、いやむしろ慎重に拾われ 袋に入れられていく。多くのバスは屋根付きプラットフォームのそばに停車していたが、そのプラットフォームの屋根もサンタ娘の指の動きを邪魔することなく一方的にその形を歪めている。

あらかたバスを拾い終わったので、サンタ娘はいったん腰を伸ばし 駅を含む駅前広場をぐるっと一瞥してみる。人が多くいるのは駅のホームのようだ。避難のための電車を待っているであろう人で込み合っている。そこに目を留めるとそれだけで人々が後ずさり 悲鳴や怒号いくつも上がったので、慌ててサンタ娘は目を逸らす。

だが、様子がなんとなくおかしい。そう思って再度ホームを見やると、どうも向こう側で救助作業をしているようだ。立ち上がって駅の高架を跨ぎ 反対側を見てみると、線路に落ちた人を助けようとしているのが見える。

サンタ娘にとってはそれだけの動作だが、ホーム上の人達にとっては さっきロータリー側に居た巨大サンタ娘が いつの間にか反対側に来て睨んでいる。またもや押し合いが始まり、今度は反対側の線路に何人かが落とされてしまう。

彼らの慌てぶりに呆れつつも、サンタ娘は同時に罪悪感も感じていた。ここで待てば電車は来るだろうが、彼らが乗って逃げるはずの電車である。それを捕まえてしまうと、結局ここの人達は電車が集まるまでずっと彼女に怯えていなければならない。

意を決したサンタ娘は再びロータリー側に移動して真ん中あたりに座り、さらに前屈みになって肘を膝の上に置く。ここまで屈めば高架のホームに居る人たちを見ることが出来るし、ホームからも彼女の顔を見ることが出来るだろう。そうして、出来るだけ彼らを刺激しないような小さな声で話しかける。
「え~、こんにちは、クラファと言います」
いきなり名乗るという突飛な行動にホーム上の人達が三度ざわめき始めるが、クラファと名乗ったサンタ娘はそれに構わず いきなり本題を切り出す。
「取引、しませんか? 電車の沢山あるところを教えてくれれば、ここから立ち去るということで」
殆どの人は彼女の話を聞かずに右往左往しているだけだったが、その人混みを分けて彼女の前に出てきた駅員が居た。
「そ、その話は本当ですか?」
「ええ」
恐る恐る問う駅員に微笑みながら答え、クラファはホームに手を伸ばそうとする。だが迫り来る巨大な赤い手を怖れた人達が一斉に引いたのを見て 手を引っ込める。
「ただ、また道に迷うと面倒だから、一緒に来て案内して欲しいんですけど」
説明しながら見ると、楕円形に引いた人の壁から その駅員だけが抜け出ていた。しばし彼はクラファの方を見ていたが、おもむろに体を横に向け マイクを口に当てて喋る。
「業務連絡。保安用の無線機を持参願います」


その駅員が無線機などの装備を調えている間に クラファは上体を起こし、前屈みの姿勢のせいで疲れた腰を 延ばしたり横に捻ったりしていた。一杯まで上体を回すと真後ろが視界に入り、その中に彼女の見慣れない車両がある。
(……なんだろ?)
疑問に思ったクラファが後ろに向き直ろうとして片膝を立てると、それを合図したかのように彼女の尻や背中に何か小さなものがぽつぽつと当たる。向き直ったクラファの前に居たのは数台の戦車だった。砲身を高く揚げ 爆竹のような音と共に彼女を撃っているらしいが、彼らにとっては大きな破壊力を持つはずの砲弾も 彼女にはくすぐったい程度の感触を与えるのみだ。
「え~っと」
おもむろにクラファは懐から収集リストを取り出し、目の前の車をチェックしはじめる。戦車は自分の受け持ち外だが、なにかの注意事項に記載されていた記憶があったからだ。

自分たちの砲撃を完全に無視している巨大サンタ娘の態度にいきり立った戦車内の兵士達は更に激しい砲撃を浴びせる。砲撃が効いていない上にまだ攻撃が来ないという状況を冷静に解釈すれば今こそ退却すべき時なのだが、巨大サンタ娘の態度に対していきり立った部隊内に そのような進言をする者は居ない。

しかし、そんな激しい砲撃もクラファにとっては煩さを増すだけでしかない。砲弾に紙を燃やされないように手で払いながら読み進めていくと、こんな記述に当たった。

戦車は主に治安維持のため派遣される。
担当者以外は戦車の派遣前に規定の収集を終えることが望ましいが、やむを得ない場合はこれらの収集を許可する。戦車で代替可能な車輌は以下の通り:タンクローリー(一:一)、電車(二:一)……

つまり、余り誉められた事態では無いものの、戦車の収集はしても構わないらしい。

そうと決まれば話は早い。クラファはリストを懐に仕舞って身を乗り出し、手近な戦車を掴み上げる。
「じゃあ、皆さんに入って貰いまーす」
一応そう説明してから、左手に持った袋の中へ戦車を放り込む。

それは見ている者全員にとって あっという間の出来事だった。巨大サンタ娘の突然の転身に唖然とする者、退却の機会をみすみす捨てていたことに気付いて後悔する者。とはいえ彼らも軍人である。すぐに隊長から命令が発せられ、各車はそれに従ってなんとか砲撃による弾幕を張りつつ後退を試みる。

弾を撃ちながら必死で後ろに逃げる戦車の姿はクラファの悪戯心をくすぐるものだったが、その加速は彼女が思っているより早い。三台目を捕まえたところで既に手の届く範囲に戦車はなくなっていた。
(ま、元々要るものじゃないし、仕方ないか)
クラファはそう考え、追いかけてまで捕まえるのは諦めることに決めた。

改めて捕まえた戦車を見ると、砲台を回したり左右のキャタピラを独立で回したりといろいろ動かしている。既に弾を撃ち尽くした彼らにとっては精一杯の抵抗なのだが、クラファには 自分を嫌っている小動物が胴を捻っている姿と重なって見える。
「可愛い♪」
笑みとともに、彼女の口からそんな言葉が漏れる。ここまで必死に藻掻いているのだから、彼らに何かしてあげても良いように思えた。少しの間考えた後 クラファは一端戦車を地面に下ろして指で押さえ、こんな提案を持ちかける。
「戦車の人はみんな外に出てきて。そうしたら放してあげる」
いきなりの提案。戦車内にいる車長・砲手・操縦手の三人は何事かと顔を見合わせる。
「でも、もし出てこなかったら……」
続けて出る言葉と共に、前面の装甲が音を立てて軋み始める。もはや猶予はない。車長は砲手と操縦手を一瞥して頷くと、ハッチを開けて一気に外に出る。

車長の視界に入ったのは、溢れんばかりの陽光と、遙か上から見下ろしている巨大なサンタ娘だった。小さなペリスコープから見るのと違って、周囲の風景と一緒に写る巨大サンタ娘は背景からの逸脱が一層際だって見える。
(俺はこんなのとやりあっていたのか……)
視線を落とすと赤と白の壁面にしか見えない。それくらいに巨大なサンタ娘を 思わずぼーっと見上げてしまう。だがそう悠長に見とれている場合でもない。
「さ、早く降りて」
「車長、早く我々も出してください」
上下から急かされて我に返った車長は、慌てて砲台脇の梯子を下りる。ついで砲手と操縦手が、サンタ娘の巨躯に驚きつつも外に出て戦車から離れる。
「もう人は居ないわね?」
クラファはひとまず尋ね、兵士達が頷くのを待ってから再び戦車を掴んで袋に入れる。その あまりにもあっさりと扱われていく様を、彼らは呆然と見ているしかなかった。
(あれって、五十トンくらいあるよな……)


かくして準備が整った駅員を肩に乗せたクラファは、思わぬ収穫もあって上機嫌なまま車両倉庫に向かう。線路をまたぐようにして歩いているので、脇の道には三十メートルおきに彼女の足跡が残っている。
「瞬間移動とか、なんかそんなことはできないのかい?」
このサンタ娘が突然現れたことを思い出した駅員は、そばにいる彼女に聞いてみる。その問いにクラファは歩みを止めるが、すぐに何事も無かったかのように歩き出しながら応える。
「新人だから、社会勉強の一環としてあまり使うなと言われてるの」
なんともはた迷惑な話に、駅員は苦笑するしかなかった。

かくして車輌庫まで数キロメートルに渡って 線路沿いの道に彼女の足跡が残ることとなる。もっとも、彼女の大きさからすれば『その程度の被害で済んだ』とも言えるわけだが。
「ありがとう。じゃ、ここで下ろすからね」
一方的にそう言って、クラファは駅員をそっと地面に下ろす。そして車輌庫の様子をざっと伺ってみるが……

架線が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。

この線を切って地面に落とすと電車が動けなくなるらしいから、どうにか引っ掛けないように電車のあるところまで行かなければならない。しかも黒い線に焦茶の砂利だから、上からだと非常に見え辛い。
(まいったなぁ……)
困惑したクラファは改めて周りを見渡すが、漫画で見たワイヤートラップのような架線に抜け道は見つからない。彼女は再び先の人を頼ることにした。

傍迷惑な仕事もやっと終わったと腕を伸ばしながら歩み去る駅員の目の前に、突然重い音と共に赤い壁が落ちる。驚き飛びのいた駅員は砂利の上でバランスを崩しそうになるが、壁の一部が分離して彼の背中を支える。壁の間からは ばつの悪そうなサンタ娘の表情を見ることができた。
「ごめーん、もうちょっと手伝って欲しいんだけど……」
こうして不幸な駅員は、何両もの車輌をひっくり返していく巨大サンタ娘の『選定』の様子を、彼女の肩口から延々と見さされることとなる。


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