街を抱くもの

優しいギガ娘萌え~という趣旨の HIKどんの言葉に感動し、「総てを癒すもの」の外伝として寄稿した内容です。

作者の趣味により尺貫法を採用しています。一丈は3m、一分は3mm。

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治癒術師のエリザは、その巨躯と魔力によって国中の人々に知られた存在である。彼女は普段でおよそ十から十五丈(三十~四十五メートル)という その体躯相応の膨大な魔力を使い、治療をしながら町から町へと渡り歩く日々を送っていた。
そんな最中、次の町に向かうべく街道を歩いていたときの話である。

「なぁ、もし今以上に大きくなったらどうするんだ?」
いきなりの質問にエリザは戸惑い、質問を発した本人――左肩に乗っている青年、イーゼムを見やる。
「どうするって……?」
「いや、もしお前が何百とか何千丈なんて大きさになったらどうするんだろうと、ふと思ってなぁ」
問いを発したイーゼム自身もなぜそんなことを口走ったのか解らないという様子だ。
「怖いことを言いますね」
少し笑いながらエリザは正面に向き直る。
「だよな……しかし、蹴り一発で山を崩せそうじゃないか。都も一歩で跨ぎ越せるだろうし」
「やっ、止めてくださいよぉ」
抗議の声を上げながら再び左肩を見て……しかしそこにイーゼムは居ない。
焦ってエリザは辺りを見回し、そして周囲の風景がいつの間にかまるっきり変わっていることに気づく。

左前方にむくむくと湧いている、綿のような雲。
その雲と遠方の山々の向こうにある、丸く歪んだ水平線。
緑の絨毯と、その合間にある黄色の大地。
そして足元にある、小さな灰色の染み。
「これって……」
思わず声が漏れる。足元のそれが街であることは直ぐに察しがついた。さっきまで歩いていた位置から察すれば、リューベックだろうか。五千の人口を擁する街が一歩手前に 掌位の大きさで横たわっている。

しばらくエリザは呆然とリューベックの街を見下ろしていた。あと一歩進んでいたら、この街に踏み入っていたかもしれない。そうなれば、何も気づかないまま 街の大半を足の下で潰していただろう。彼女は周りに気を遣いながら極力ゆっくりと座り、身を屈めて街の中をじっと見る。街の人々は小さな黒い点としてしか認められないが、そこから湧き上がってくる恐怖と怒りだけは感じ取れる。
彼らを助けなければならない。エリザは胸の前で手を作り、心の声で話しかける。
(ごめんなさい、こんな大きさで……)
動向に変化は無いが、それでも彼女は続ける。
(でも、どんなに大きくなっても、私は癒し手です。必ず皆さんをお助けしますから)
一通り言い終えてから、エリザは街の周囲に左右の指を突き刺す。街の人から見れば一区画を優に超えるであろう太さの指はまるで粘土のように易々と沈みこむ。街の下で互いの指が触れたところで掬い上げると、上澄みの街を湛えた お椀大の岩がえぐり取られる。
彼女の指の大きさと 簡単に街を持ち上げる力に住民の動揺も増すが、エリザは心の中で謝りつつ ゆっくりと街を持ち上げ、そっと胸に抱きしめる。岩だけに強度もそこそこあるようで、胸に当てても街が崩れることはなさそうだ。

こうやって自分の温もりと鼓動が岩を通じて街の人に伝われば、怯えている小さな人たちもきっと安心してくれるだろう。街に住む人みんなが自分の鼓動を聞くというのも、奇妙な話だが……
(大丈夫です。だから、安心して下さい)
エリザは微笑み、息が掛かるほどに近くなった街の全容を 改めて観察してみる。

一分程度の高さしかない城壁に囲まれた街の中には それと同じくらいの小さな家々がびっしりと並び、その間を紐のような細い線がくねくねと縫っている。そして胴と手足が辛うじて認識できる大きさの人々が道や広場に出ており、様子はわからないが 留まっているところからして恐らく彼女の顔を見上げているのだろう。
そんな街の情景を見下ろしているうちに、この細やかな街そのものがだんだん愛おしく思えてくる。

改めて彼らの思念を聴いてみると、恐怖や怒りは既に消えているようだ。頃合いと見たエリザは街を抱く手に少しだけ力を加え、人々の治癒と蘇生を願う。今の大きさであれば念じるだけで十分だ。魔術という手続きは必要ない。その証拠に 家々から人が続々と出始め、聞こえてくる心の声も歓喜と感謝に転じ始める。
(皆さん大丈夫ですか? 怪我してる人や居なくなった人は?)
エリザはひとまず問い、助けを求める声が来ないかと待ちかまえる。
だが、帰ってくるのは幾つかの感謝の声ばかりで、渇望の声は全く聞こえてこない。どうやら元々の怪我人だけで、自分が傷つけた人は居ないようだ。
(本当に、大丈夫なんですね?)
念のため再度問う。それでも治療を要求する声は上がってこなかったので、一応 治療は完了したと判断しても良いだろう。

で、次に自分には何が出来るだろうか。エリザは中空に浮かぶ雲と街の様子を交互に見ながら考えてみたが、特にこれといった妙案が思いつかない。
折角なので、街の人に聞いてみることにした。
(あの、何か私にして欲しいこと、ありませんか?)

しかし街の人達もから帰ってくる声もざわざわとしていて、どうも要領を得ない。
やはり、この大きさでは難しいのだろうか。そう思って彼女が街を大地に戻そうとした矢先に、不意に誰かの声が耳に届いた。
(雲に乗りたい!)
(?!)

エリザは突然の明瞭な声に驚き、その方向に視線を向ける。
声の主はすぐに解った。右手にある広場の中央で像に上り、腕を一杯一杯に大きく振っていたからだ。その人影は余りにも小さく 顔つきなどはわからないが、声の若さや大げさな手振りから 少年であろうことは察しが付く。
しかしその人物は、不意に先とは違う、だがどこかで聞いた声を発する。

(おーい。どうしたんだ、そんなに大きくなって)
その声にエリザは息をのみ、再びその少年とおぼしき人を凝視するが、やはりそれだけでは顔を判別することはできない。声は知っているが、しかしこの子供じみた身振りは……
(……イーゼム?)
違ったら彼に悪いと思いながら、おずおずと問う。
(そうだー)
幸いなことに、その小さな人影は声と手振りで肯定の意志を伝えて来た。
(生きていたんですね、よかった……)

安堵のため息と同時にエリザは思わず街をぎゅっと抱きしめてしまい、慌ててすぐに力加減を戻した。
相棒の顔さえ解らないということに隔たりを感じるが、それでも彼は生きており、そして心が通じているのも事実だ。
今はそれで十分だと 彼女は自分に言い聞かせた。
(ところで、さっき「雲に乗りたい」と言った人は居ませんでしたか?)
改めて イーゼムをはじめとした広場の全員に問うが、返答は無い。困ったエリザが先の広場に目をやると、中心の像に居た人物が人の間を縫うようにゆっくりと動き、何人目かの傍らでその隣人の手を取って振る。
(ありがとう、イーゼム)
エリザは微笑み、礼を言う。小さくても頼れる相棒の存在が何よりも嬉しい。
(で、雲に乗りたいと言ったのはあなたですね?)
(うん!)
即座に返事が来た。さっきの若い声だ。
本来 雲は空に浮かんだ霧だから、街を乗せることなんて出来ない。そんなことはエリザにとって承知の上だが、そんなことを言って諭す気など彼女には毛頭無かった。折角の自分を頼る声なのだから、この無垢な願いを叶えてあげたい。そして、根拠はないが今なら叶えられるように思えていた。
(わかりました。やってみます)
にっこり笑い、エリザは街を胸に抱えたままゆっくりと立ち上がる。そして近くにある雲に左手を入れ 、雲の上辺に街の下半分が沈むように右手で街を掲げると、軽く目を閉じて念じる。

(漂うもの、空なるもの。願わくば 綿のように彼らを優しく抱きしめますように……)
すると最初は微かに、だが徐々に風以外の重みを持った何かが彼女の手の甲を撫で始める。エリザは頃合いを見計らって 街を支える手をそうっと離す。

街は僅かに沈んだだけで、そのまま浮かんでいた。ここまで簡単に摂理を曲げてしまえることに 彼女は戸惑いも感じたが、だからこそ少年の願いを叶えられたのだと思い直し自分を納得させる。
だが、それで我に返った彼女の目に映ったのは、街から雲へと飛び降りる幾つかの人影だった。

「なっ……」
思わず出てしまった声が音の振動となって雲の一部を削ぎ、あわててエリザは口を紡ぐ。
(何やってるんですかっ?)
今度は心の声で問うた。しかし帰ってくる声は反してのんきな口調である。
(そう怒るなよ。子供が泣くぞ)
真っ先に飛び込んだイーゼムによれば、さっきの子が雲に飛び込みたいけど怖いと言うので、何人かが率先したのだという。子供をだしにした釈明にも思えたが 怒るわけにもいかず、手で口を押さえたままため息を漏らすしかない。
(でも、後で街をすくい上げるときに 危険だと思うんですけど……)
(その時はその時だろう)
泣き言に取り合う様子もなく、彼らは綿毛のように柔らかい雲の表面を両手両足でかき分け、歩くとも泳ぐとも言えない動作で回遊している。

エリザはその様子を暫くじっと見守っていたが、人が心配しているのをよそに遊んでいる無邪気な連中に対して少しだけ悪戯心が出てくる。わざわざ雲に飛び込むような連中だから、多少脅かしても構わないだろう。
(そうですね。じゃあ私も混ぜて下さい)
そう言って彼女は雲のなかの一群に右手の人差し指を近づける。
(わぁっ、やめ、やめっ!)
(ちょ、ちょっ……)
悲鳴に近い声をあげながら小さな影たちは手足をばたつかせ 逃げようとするが、遙か上から見ているエリザにとっては止まっているのと同じだ。
(鬼ごっこ しーましょ♪)
楽しそうな声とともに、エリザは人差し指で彼らの周りをゆっくりとなぞる。
もちろん指が彼らに当たらないよう慎重に動かしているのだが、それでも途方もない太さの人差し指が横をかすめるたびに白い津波が彼らを押し流す。それが何度か続くうちに、雲に降りた連中が一カ所に集められていく。
最後に彼女は人差し指の腹を上に向け、慎重に彼らの眼前まで近づける。
(さぁ、つつかれるのが嫌なら乗って下さい)
穏やかな声でそう言うと、不承不承ながら小さな影達はエリザの指まで来てよじ登る。
奇しくも彼女にとっては この大きさになって初めて触れる他人の体だったが、指先に神経を集中させても重さや温もりは一切感じられず、伝わる想いでしか触れていることを感知できない。
改めて自分の途方もない大きさを認めざるを得なかった。仮に千倍だとしても、人の体躯は一分の半分、胡麻粒くらいはあるはずだ。しかし今彼らの体は指紋の間隔くらいしかないから、逆に考えれば今の大きさはその二倍か三倍といったところだろう。三千倍の自分――彼らの目にはどう映っているのだろうか。

そんな疑問がふと沸いたので、指先に止まっている人に尋ねてみる。
(あのぉ……私のこと、どんな風に見えます?)
(女神、かのお)
指先にいた一人が即答した。だがそれは彼女の問いに対する答えではない。
(いや、そういう意味ではなくてですね……)
(むしろ世界そのものと言った方が良いかもしれぬ。どうじゃ? それだけの力を得た感想は?)
帰ってくる内容はもはや答えといえるものではなく、それどころか逆に問いかけてくる。声は穏やかだが、エリザは心を見透かされているような不気味な感触を感じ、何も返すことが出来ない。それを見越してか、興奮を帯びた声がさらに畳みかける。
(あと一息で、『お前』は『世界』になる。さぁ、念じよ)
彼女の本能がその言葉の浸透を拒み 激しく首を横に振らせるが、それでも声は止まない。
(念じよ。おまえが『世界』になれば、民はおまえの中で息づく。悪い話では無かろう……)
「やめてッ!」
遂に叫んでしまった。

はっとなって目を開けたエリザの視界に広がっていたのは……薄暗い天井。
(?!)
彼女は即座に上半身を起こし、辺りを見回す。
そこは暗い寝室だった。記憶を辿ると、先日から泊まっている宿の部屋に一致する。
「夢……?」
今が現であることを確認するかのような口調で呟く。ここまではっきりした夢を見たのは初めてだ。
夢の内容を思い出すにつれて 矛盾も幾つか出てくるのだが、それでも鮮烈な印象は拭いきれない。自分の中で何かが変えられてゆくような 恐怖を覚え、エリザは思わず身を抱きしめてしまう。


「と、いうわけだったんですよ」
一階の飯場で食事をとりながら、エリザは夢のあらましをかいつまんでイーゼムに語っていた。他人に聞かせられる程度まで夢の内容を憶えていることに違和感を感じながら。
「そうか、またなのか……」
聞いてるイーゼムの表情もやや深刻だ。昨日一昨日は たかが夢だから悩むなと励ましていたのだが、三日連続となるとどうして良いのかすぐには考えが出てこない。
「しかも、また前より大きくなってるんです。私、そんな大きさになんかなりたくないのに……」
ため息と共にエリザは肩を落とす。


おなじ店の端のほうにいる二人組が、その様子を聞き入っていた。
「どうぢゃ。なかなかに順調じゃろう?」
二人組のうち 満面の笑みを浮かべた中年の男が、若い方に耳打ちする。飾り気のない服装と 手つきの滑らかさからして、商人とその従者だろうか。
「はあ」
対する従者は余り乗り気ではない。
「しかし、今以上大きくなりたくはないと仰ってますが」
「それは 辛抱強く変えて行けば済むことぢゃ」
中年男の確信に満ちた口調は揺るがない。
「時間はまだある。我らの大地を産んで頂くのじゃから、焦ってはならぬぞ」
だが、従者はまだ納得できていない様子だった。
「しかし、しかしですねウニレフ司祭……」
彼は自分の話を整理しながら、胸に秘めていた疑念を話し始めた。勿論 教団の唱える創世神話を信じてはいるが、あくまでもそれは神代の話だ。現世においてそれを再現するという計画は 壮大に過ぎるばかりか、古にこの世界を産んだ神々への挑戦になりはしないのだろうか。
司祭の逆鱗に触れるのを恐れつつ ポツポツとそこまで話したが、とういうわけか 最後まで話しても司祭の雰囲気が変わったようには見えない。
「ならば、ラドウォフよ。なぜ主は儂に付いてきたのじゃ?」
問う声も妙に穏やかだ。怒りを抑えている様にも見えない。
「いや、それはですね……」
ラドウォフと呼ばれたその従者は顔を赤らめながら体を前に伸ばし、相手にだけ聞こえるような極力小さな声で答える。
「見てみたかったんです。噂に聞く巨人の娘を」
その答えを聞いて、ウニレフはいきなり声を上げて笑い出した。唖然としているラドウォフを尻目にひとしきり笑った後、彼は親指で自分を指し 低い声で言う。
「実はの、儂もぢゃ」
驚きに目を見開くラドウォフ。まさか、神話の再現が口実だったとは思ってもいなかったからだ。ウニレフはそんな彼に悪戯っぽい笑みを向けて問う。
「ただのぉ、高々八十丈では足りぬと思わぬか?」
「え? いや……」
「やはり今日見せた夢くらいの大きさにはなって貰わんとのぉ」
ウニレフは、今度は理想の大きさについて語り始める。やはり千倍、五百丈は超えなければ面白くないというのが彼の主張だ。
だが対するラドウォフは、その大きさでは比べる物がないから 今のままが良いと反駁する。

議論が続き熱くなっていた司祭は、肩を叩かれても それを邪魔そうに払いのける。
だがすぐに肩を掴まれ、後ろに引っ張られる。
「誰じゃ! まったく……」
半ば怒鳴りながら振り向いたウニレフだが、その先に居た人物――黒髪の治癒術師の娘を前に言葉が途切れる。
「さっき、夢がどうのと仰っていませんでしたか?」
治癒術師の娘が低い声でゆっくりと問う。何も言えずに固まっている司祭を今度はイーゼムが後ろ手に縛り上げ、首を押さえる。痛そうに呻いている司祭のことは構わず、彼はエリザに尋ねる。
「で、こいつどうする?」
「表に連れ出して下さい」
短く応えたエリザは少し屈み、俯かされた司祭の顔を見て言う。
「安心して下さい。表で話を聞かせて頂ければ、傷付けたりはしませんから」
しかしそのゆっくりとした口調は、まるで自分を戒めているかのようだ。
「な、なぜ……」
司祭の口からやっと出た、弱々しい抗議の言葉。だがエリザは、それを待ちかまえていたかのように即答する。
「大きな私が好きなんでしょう? 八十丈では不足だと思いますけど」


あとがき

え~。ギガ好きは数字萌えの傾向が強いそうなので、ちょっと計算してみました。
話中のエリザの大きさは3000倍ですから、身長と体重はこんな感じです。

160cm     4800m
48kg     12億9600万t

目出度くギガトン(=10億トン)超えです。
ついでに、話中で出てくるものが彼女にどう見えているかも書いておきます。

人の身長 170cm0.57mm
家の大きさ   9m3mm
街の直径 500m16.7cm